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フィリピン紙幣の旅 [50ペソ紙幣編] フィリピン紙幣に描かれている歴史的英雄と風景

2021年02月22日 By: SHIN


さて、皆さんはフィリピンのお金についてどこまでご存知でしょうか。 [50ペソ紙幣編]

フィリピン旅行の際には、日本円からフィリピンペソに両替することも多く、フィリピンペソの紙幣や硬貨を目にした方も多いでしょう。
では、その紙幣に絵描かれている人物は誰なのか、紙幣に描かれている場所はどこなのか知っていますか?

ご存知の通り、単位はフィリピン・ペソ( P )。補助通貨はセンタボ( ¢ )。
1ペソは100センタボ。
紙幣の種類にはP1,000、P500、P200、P100、P50、P20 の6種類。
硬貨の種類はP10、P5、P1、¢25、¢10、¢5、¢1の7種類となっています。

今回は50ペソ紙幣に描かれている歴史的人物と風景について共有したいと思います。

 

現在のフィリピン紙幣の歴史

2009年、フィリピン中央銀行/ BSP / Bangko Sentral ng Pilipinasは、セキュリティ機能をさらに強化し、耐久性を向上させるために、紙幣と硬貨の大規模な再設計を開始したと発表しました。 numismatic委員会のメンバーには、Bangko中央副知事Diwa Guinigundoと国立歴史研究所のDr. Ambeth Ocampo会長が含まれます。
新しい紙幣のデザインは、有名なフィリピン人と象徴的な自然の驚異を備えています。フィリピンの国のシンボルは硬貨に描かれます。
新しいデザインシリーズから新世代の通貨シリーズへのスムーズな移行を提供するために、フィリピン中央銀行はサイズ、主な色、NGC (新紙幣/ New Generation Currency)の主なパーソナリティなどのNDS (旧紙幣/ Old Banknote Series)機能を保持しましたが、コラソンアキノ大統領の肖像画は例外で500ペソ紙幣には新しく肖像画を追加。
その後、フィリピン中央銀行は2010年12月16日に新しい紙幣の最初のバッチのリリースを開始しました。新紙幣は2014年まで旧紙幣と共存し、フィリピン中央銀行は最新の偽造防止セキュリティ機能を備えた新紙幣を印刷および生成する機能を構築しています。世界中でベンチマークされた高度なテクノロジーを通じて組み込まれました。色はデザインで重要な役割を果たし、数値、シール、紙幣の縁などの重要な要素を際立たせています。
前面に大きな凹版印刷の数字が含まれていることにより、各単位が区別され、視覚障害者を支援します。

 

50ペソ紙幣 Php 50

表面

人物:セルヒオ・オスメニャ / Sergio Osmeña

http://www.philippine-history.org/presidents.htm

セルヒオ・オスメニャ(Sergio Osmeña, 1878年9月9日 – 1961年10月19日)はフィリピンの第4代大統領。アメリカ領フィリピン自治領時代では2番目の大統領 (任期:1944年8月1日 – 1946年5月28日)。

1933年、独立使節団として尽力したアメリカ議会のヘア・ホーズ・カッティング法(10年後の独立承認)はマニュエル・ケソンの反対によりフィリピン議会で批准されず、タイディングス・マクダフィー法を持ち帰ったケソンが、1935年のコモンウェルス成立時の初代大統領となり、その下で副大統領となる。
1944年8月にアメリカでケソンが病没した事により亡命政府の大統領に昇格した。1944年10月23日ダグラス・マッカーサーとともにレイテ島のレイテ湾に帰還し、1945年2月27日タクロバンでコモンウェルス政府の復活を宣言しマニラに帰還。1946年4月23日戦後初の大統領選でマニュエル・ロハスに敗れ、政界を引退した。

なお、フィリピン第3代フィリピン共和国大統領 (第二共和政) ホセ・ラウレル政権 (任期 1943年10月14日 – 1945年8月17日) があった。これは第二次世界大戦中の1941年12月に、アメリカ合衆国軍との間に開戦した日本軍が、1942年にフィリピン全土を占領した。
その後日本が、1943年5月に御前会議でフィリピンを独立させ1943年10月14日ホセ・ラウレルを大統領とするフィリピン第二共和国が成立した。しかしアメリカはこれを認めなかった。そして日本の敗戦が濃厚になり、1944年10月23日レイテ作戦でアメリカ軍と共にフィリピン帰還を果たしたフィリピン・コモンウェルスのオスメニャ大統領に権力が戻り、アメリカ自治領政府(コモンウェルス)が復活した。

セブ市の中心のセブ州庁舎へ続くオスメニャブールバードやオスメニャサークルは、もちろんセブ出身のセルヒオ・オスメニャの名が由来です。

 

情景:First Philippine Assembly, Leyte Landing

セルヒオ・オスメニャにちなんで、フィリピン初の議会開催と、第二次世界大戦中のレイテ作戦でのレイテ湾からの上陸が描かれています。
最新紙幣には、October 1944とLeyte Landingと書かれています。

 

裏面

風景:バタンガスのタール湖 / Taal Lake in Batangas

タール湖 (Taal Lake)は、フィリピンのルソン島南部に位置するタガイタイにあるタール火山のカルデラ湖。周囲82.5km、面積234.2km2。首都マニラの中心街より南に約60kmほどの位置にある。北岸の外輪山の外縁、標高600m程度に避暑地として知られるタガイタイがある。

美しい景色の一方、中心にあるタール火山は活火山で、観測開始後34回の噴火歴があり、フィリピンで2番目に活発な火山と言われています。
最近では、2020年1月12日午後、1977年の噴火以来、43年ぶりに再び噴火しました。フィリピン火山地震研究所 (PHIVOLCS)は、当時噴火警戒レベル4にまで引き上げ、警戒をしました。

2020年3月19日フィリピン火山地震研究所 (PHIVOLCS)は、タール火山の噴火警戒レベルは噴火以前と同様のレベル1に戻り、平穏な景色を取り戻しています。

 

動物:ロウニンアジ / Catanx ignobilis, Maliputo (Giant trevally)

ロウニンアジは、この風景画にもあるタール湖に生息しています。この魚は淡水・海水どちらでも生息可能で、フィリピン近郊の海にも多く生息しています。海には特に大型のロウニンアジが生息していることでも有名です。

 

織物:バタンガス刺繍デザイン / Batangas embroidery design

バタンガス地方に伝わる特有の刺繍のデザインが描かれています。

 

まとめ

タール湖のあるバタンガスへはマニラから車で1時間から2時間程度で行くことができます。
マニラから近い避暑地でもあり、もちろん現地のフィリピン人にも有名な観光地で、私も幾度となく行きました。タール湖の眺望は、ピープルズパークという展望台から望むことができますが、実は別の記事でも上げているように、カフェなどからゆったり座ってドリンクを楽しみながら、のんびりと情景を楽しむこともできます。

この他にもフィリピンという国にとって、またフィリピン人にとっての英雄が存在します。英雄たちの偉業やそれに感銘を受けた人々の言動などを知った上で、いろんなところに訪れると、より感慨深いものになります。そしてフィリピンには美しい場所が本当にいくつもあります。

フィリピン旅行の際には少しだけフィリピンの歴史と地理の勉強すれば、その時間以上に楽しいものになるのでおすすめです。

 

The images of banknotes on this page are provided by Bangkok Sentral ng Pilipinas.
http://www.bsp.gov.ph

The images on this page are also provided by: https://www.philippine-history.org/presidents.htm

 

(SHIN)